2月12日 (^_-)-また旅先です

 例の鉄板の最低数量が、2トンでいいことになった。そりゃそうでしょう、5トンでは計画の3年分以上になってしまう。こういうことを、最初感じることが出来ないのです。言われて初めて、考えるから、言われなければ、後で、トンデモナイことになってしまう。若干1M単価は高くなったが、OKし、サンプルを手に入れる故障を頼んだ。今月中に手に入れることが出来ればいいと言っておいた。どうなるでしょうか。

 トランスジャカルタの関連する死亡事故が頻発している。中央高速道路沿いのガトゥットゥスグロト通りもやっとトランスジャカルタの運航が始まった。ところが、毎日に様に事故死のニュースがある。原因は広い通りを横断しようとして跳ねられているのです。高速道路とバス通りを横断しようとすると50mくらいは車やバスに引かれる可能性が在る。女性に死亡が多い。引かれると、身内や近い人が、バス通りを閉鎖して、葬儀の行列を始める。相当長い時間バス通りが使えなくなるし、周辺の一般道の渋滞が、もっともっとひどくなる。

 今朝、08:00過ぎに家を出て、空港に向かい、今は、バリのクタビーチにいる。土壇場でエアーティケットを頼んだので、ライオンエアーしか空いていなかった。帰りはバタビアアだけでした。4連休の始まりの日ですから混みようは仕方が無いし、価格は二倍も時間がかかるバンダアチェより高かった。

ウングラライ空港へ着いてインフォメーションでホテルのブッキングをしようとしたら、満員のホテルが多く、三日同じホテルに滞在尾することはできなかった。一日目と二、三日目は別のホテルになった。バタビアエアーのリコンフォームを空港でして、タクシーでホテルに向かった。クタまで5百円でした。ここ二日雨が降っていないそうです。夕方、まっ正面のサンセットを見ながら、海岸を散策した。マニキュアのおばさんとか、足裏マッサージのおばさんや飲み物専門に売っているおばさんと世間話をしながら時間を過ごした。

 海岸の様子は先週行っていたパンガンダランと全然違う。サンセットとそれを見ている人々です。ボオディーボードは全然ない。レンタルサーフボードに変わっている。ブレが三分の一くらい、だから、殆どブレしかいないように見える。水着については言うまでもない。それでも、ジルバブの女性がわずかだがいることはいる。

 今夜、これから、真夜中、23:00過ぎに出発してアグン山のサンライズを目的に山登りに向かう。

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2月13日 悔しいと寺梯子

 今朝、1000地点を02:00に出発し、いきなり急な狭い、片側が崖の草ぼうぼうの道を登り始めた。真暗な中、薄暗い懐中電灯の光が頼りです。今回もリンジャニと同じようにガイドとポーターで三人でした。1300mを通過したころから、雨が降り始め、風も横殴りになってきた。既に1500M位に来ていた。標高は約3000mなので、順調に登って三時間だという。今まで一時間半以上登ってきたが、道は急になるし、つるつる滑るし、何が在るか分からない道の両側にも足を滑らすし、雨具は被っているが、殆ど意味が無いくらい体中が水浸しになってしまった。ガイドも心配して、どうしますか、行きますか、太田さん次第ですという。既に1800M地点だったが、断念することにした。悔しいが、二人に迷惑をかけることになりそうなので止めた。

 下りがまた大変、登って来た時より水浸しになっているので、つるつる滑る、何回、尻もちをついたことでしょう。暗くてその時は見えなかったが、体中が泥んこである。靴の中まで泥水が入り込んで靴の中で足の爪先が前に押し付けられて痛み出した。登って来た時は濡れていなかった下の方も雨が降っていて、寒さが身にしみるようになってきた。頭も、足もふらふらの状態で駐車場まで戻った。ところが、登山を終えて戻る時間10:00頃車が迎えに来ることになっていて、車が無い。寒いし、ガイドと一緒にどうしようか、ということになる、この近くに交番があるから、そこで休ませてもらおうという事になった。その間、運転手やホテルに何回も電話して迎えに来るように頼もうとしたが、運転手が電話を切っていたので、ホテルでも手の打ちようが無いという。

 交番の警察官曰く、直ぐ近くにプンギナパン、泊る場所が在るから、そっちへ行ったほうが良いと。そこを出て、ホテルを捜している内に、迎えの車が来た。迎えにむかているなら、そう言ってくれればいいのに、こちらは、完全に焦っているのだから。

 とにかく、あまり、無事ではないが、ホテルに戻った。05:00だった。バタン休である。目が覚めたのが08:30

 そのままでは、気にいらないので、09:00出発で、ヒンドゥー寺院の梯子をすることにした。有名なところでは、グヌン カウィ、タマン アユン、ティルタ エンプルなどですが、殆ど人がいない。チャンディにも数か所寄った。それぞれ特徴があるが、グヌンカウィの下りと上りには、この前のカンプンナガといい勝負の階段だった。いい運動を今日は夜中から何回もした。しかし、その岩に浮彫りにした彫刻は一見の価値が在ると思う。私も、年寄ですが、年寄りには大変です。階段の途中で座り込んで動かないブレが何人もいた。

 これは、後でまとめる写真集で確認してください。

 

 クタのホテルへ帰る途中、テガラランという村を通った、車が道沿いに沢山駐車しているので、何が在るのかと聞いたら、棚田が綺麗で、国が資金を補助してこの景観を保護しているのだという。申し訳ないが、これくらいの棚田はジャワ島では普通だし、十倍以上の規模のものも珍しくない。何故、ここが名所になっているのか、宣伝効果でしょね。

 ということで、また途中、木の彫刻店によって、私が言っているオランマルを五個仕入れた、一個、二万五千Rp(二百三十円位)でした。安い!!と、運転手がびっくりしていた。クタ辺りの土産物屋で買えば、五百円以上はするし、ジャカルタのパサラヤ辺りで買えば、千円はするシロモノ。ところで、この彫刻の正式な名前はYOGI(ヨギ)といいます。ヨガをしている人という意味だそうです。Orang Maru(恥ずかしがっている人)といって売った方が良いじゃないの、と、言うと、殆どのバリ人はその方が売れるかもしれないと言っていた。

 アグン登山途中、真っ暗な中のたった一枚の写真。チャンディ グヌン カウィ。

 疲労 無駄 挑戦 

2月14日 (^_-)-目的を達成した

   斜めからインドネシアを眺める 820

 ということで、今朝02:00にホテルから出発、キンタマニを目指し、バトゥール湖畔に駐車し、ガイドを伴って、バトゥール山頂上付近で日の出を眺めることとした。

 今回の目的は順調に達成した。ここのガイドは47人いるそうです。女性のガイドはたった一人、名前は、ワヤンさんです。何故か分からないが、私をガイドしてくれることになった。35歳で三人の子持ち、流石、ガイドである。毎日登っているそうで、疲れる様子を見せないどころは、私と話をしていない時は急な登りも何のその携帯電話を放さない。放している様子に息切れがはい。私は、ハアハアしていて、足を上げるのが大変、話どころではない。ただひたすら登るだけ、昨日の今日なので、足の具合が心配だった。

 天気は昨日と打って変って晴れ、満点の星が美しい。最初の30分は割合広いなだらかな登り、次の30分は若干狭くなって、火山岩の細かい砂、サクサクとして歩きにくい。時々岩の急な登りも出てくる。そろそろ、足に来る時です。次の30分~1時間(人によって大きく変わると思う)は急な瓦礫や岩の登り、足一歩を上げるのによいしょ、という感じになる。最期の登り100mくらいは胸突き八丁で手を使うこともある。

 私は、約1000m標高から、1700m位の展望台にある、山小屋(といっても、15平方メートル位の小さな休憩所、50歳くらいの女性がここで、ツーリストに熱いコーヒーや紅茶を100円位で出している。皆さん、ほっとするらしくて、飲んでいる。私と前後していたグループ(といっても、ブレの二三人連れ)合計15人位、その他に各グループのガイドがいるので、全部で22~3人でした。アジア人は私だけでした。

 とにかく、きついです。富士山は登り口何箇所からか、経験しましたが、もちのジグザグが大きい。こちらは、ジグザグが殆ど無く、直登りに若干のくねりが在る程度、アグン山もそうだったが、リンジャニ(ロンボク)も真っ直ぐに近い上りだった。私が、一番飛びぬけて歳だと思う。最初の平坦の時には何組かに抜かれたが、最期の三十分で全員を追い抜いて、お湯を沸かしてくれている山小屋へ着いたのは私が最初だった。到着して、早速、紅茶をご馳走になった。途中でばてたのは、女性で何箇所も休憩していた。

 景色は抜群、サンモリッツを思い出した。スイスなら、当然ゴンドラか登山電車で10分くらいに高さだと思う。キンタマニからの景色は何度も見ているが、ここまで来て、大変な思いをした甲斐が在ったと思う。この場所から山頂までは50m位に見えるが、ガイドによると、急過ぎる上に火山礫なので、ずるずる滑って、一般の人は登らせないようにしているとか。二つのピークの間に深い火口がある。蒸気が登っていたし、熱い空気が吹き出ていた。見えないので知らなければ危険だ。毒ガスは発生していないと言っていた。

 日の出の方向に雲が出始めて、太陽を雲の中に見えたのが07:00を回っていた。展望台で一時間以上待った事になる。

 下りは、全く心配が吹き飛んで、膝のガクガクの兆しも無かった。走るように下ってきた。振り向きながら、大変だった山頂付近を写した。かなりの余裕でした。

 

 旅行会社のトレッキングパケット募集の年齢制限が15才~60才になっているという。7才もオーバーしているわけで、やはり、他人にはアグンもバトゥールもお勧めできない。相当きついと思います。結局、インドネシアの標高1500M以上の山は、他の日本人にお勧めできないということになります。

 ワヤンさんとツーショット、ダナウ バトゥール側からグヌン バトゥール。

 快感 やった 絶景

2月15日 (^_-)-心地よい疲労増加

カランの家に戻っている。バリ発、バタビア、少し遅れて、17:00ジャカルタ着17:45でした。

睡眠不足で、羽伸ばしどころか、試練の旅でした。しかし、今日に限っては08:00過ぎまで寝ていて、朝食がクローズ前に間にあった。今回の旅で、始めてホテルで朝食に有りつけた。

クタビーチのマックの右隣のマッサージ屋へ行って全身マッサージをしてもらった。太ももがパンパンで、膝を折り曲げると筋肉が延ばされ、痛くて悲鳴を上げてしまった。

クタ付近だけかもしれないが、マッサージのホテルの部屋への出張はしないことになっているらしい。自分からマッサージ屋へ行かなければならないらしい。風俗の問題だと思うが、ホテルやマッサージ屋はそう言っている。しかし、夜、歩いていると、出張マッサージはどうかと、勧誘される。

クタ付近しか今回は見ていないが、一回目のボン事件の場所は未だに更地になっている。その前、道をへだてて、犠牲者の名前を刻んだメモリアルモニュメントがある。観光客は立ち止まって、写真を取っている。二回目のボンの場所は、どこか分からないほど、

それでもフライトが16:45なので、時間が在り過ぎる。そこで比較的近くの三つの岬へ行ってみることにした。まず、一番南の西の端Pura Luhur Uluwatu(ウルワトゥ寺院)へ行った。ここが素晴らしい、何故、昨日の夕方、来なかったのだろうと思う。天気次第だが、サンセットはタナロットに負けないはずである。それと、その時間に合わせてケッチックが催されるという。それは置いておいて、朝の景色も大変素晴らしい。寺院の左右合わせて500m位から眺めるとなお素晴らしい。そして、登り下りが激しいので、いい運動にもなる。

写真はそこで発見した、色も鮮やかな薄紫色のスイスのエーデルワイズにそっくりな花に出会った。これには感激、他の観光客はここまで来ないので、来てよかったと思う。

ヌサドゥアの先のブノア半島の先っぽ、ブノア岬(タンジュン ブノア)に行ってみた。この端まで、リゾートが伸びていたが、ローカルの人たちも多く住んでいて、リゾートとは違う雰囲気もある。仏教、ヒンドゥー、モスレムが入り混じっているようです。

最期はヌザドゥアへ入ってすぐ右のソゴーが在る裏の海岸、小さな半島が在る場所です。高級ホテルからは相当戻ってこないと見つけられない場所なので、欧米人や日本人はほとんどいない。ローカル家族連れが多く、和やかな雰囲気です。ババナボートやマリンジェットやフライイングボートなどが全くないので、子供も静かな遠浅の湾の中で水浴びが出来る、落ち着いたいい場所です。ちょっとした穴場というところでしょうか。

穴場 運動 岬巡り

(^_-)-Bali一人自由旅

   斜めからインドネシアを眺める 822

時間で戸惑う。バリタイムはインドネシアのジャワ島、スマトラ島の標準時間(テレビやラジオの番組はここの時間で編成されている)より一時間早い。国内でも、時計の時間を変更しなければならない。バリでテレビを付けていると番組の時間がずれているので、今何時なのかいちいち意識をしなければならない。日本との時差が一時間になるので、グログの投稿時間をいちいち考えながら変更しなければならない。出発時間もかなり意識しないと間違える。ちょっと厄介。

ワルンとレストランどちらに入るか、インドネシア人運転手と一緒に食事をする機会が多い。必ず、ワルンにします。ナシゴレンの値段が150円位、飲み物と一緒で180円位、ところがレストランとなると安いところでも500円位になってしまう。バリの観光客が多くいる場所では、飲み物を含めて1000円位になる。ブカシ、ジャカルタの日本食レストランと同じような値段だ。観光客価格は驚くほど高い。そして、その値段ほどのおいしさはない、逆にワルンの方がおいしい。運転手はレスタランで日本人と一緒に食事することを嫌う。当然である。回りが、自分とまったく違う世界の人たちばかりで、緊張するし、彼らにとっては味も合わない。

ワルンに限る。行きなれているし、安いし、好きなものを自由に注文できるし、追加も出来る。サンバルなども自由に頼める。私も 洒落た外国人向けのレストランよりインドネシア人向けの一般のワルンの方が性に合っている。辛いものだけ避ければ、大変おいしいし、安い。運転手と二人分で300円くらい、それで、誰もが満足。

Baliに限らず、基本的に一人旅が一番、気楽で楽しい。連れがいるとどうしても、自分の思うようにはいかない、気を使ってしまい。その人たちの顔色を見ながら、聞きながらの行動になってしまう。お任せタイプではないし、他人にくっついて行く性質ではないから、欲求不満になる。不満を持ちながら、その人たちの面倒を見なければならない。一番そんな役割をすることになってしまう。小学校の遠足の頃からずっと、そう思っている。

チカランから車でロンボック、リンジャニ登山までの一人旅に匹敵するくらい今回の旅は満足でした。どちらも、連れがいたら出来ないことを多く体験することが出来た。一人旅の機会があればまたしたい。

ただし、40~50才日本国内の旅やスキーにいった時は一人旅では無かったが、この時は例外的に、一人旅の時と同じように連れに気を使うことが無かった、この時はやはり十分満足できたので、日本を離れる直前まで続いた。思い出す。懐かしい。

 

言葉が出来るということは、本当に、嬉しいと思う。旅先の誰とも、冗談混じりの世間話が出来る。ホテルのフロントと話を始めるとなかなか終わらない。ドンドン話しかけてくるし、質問してくる。たまたま、日本からのツアー客が到着し時などは、手伝うことになる。そして、日本人のお年寄りから若者までが私の話しっぷりに羨ましそうにする。また、感謝される。全くもって自己満足の世界に浸れる。バリの私が泊ったホテルでも私を通訳や運転手として雇いたいと言っていた。できる機会があればやってみたいが、あと半年で日本へ帰って日本をベースに仕事をする決心を固めた。インドネシアベースは5カ月ほどである。そろそろ年貢の納め時です。

車を売った。そして、会社からレンタカーを与えられた。家も売った。私は二万円の借家へ引っ越した。帰国の準備です。その前に技術的にやることが在るので、かたづけなければならない。

バリ旅はそんな区切りを考えて実行した。

Photo Bali Batur
Bali Batur 2011 2