車事情 2019

インドネシア車事情 1

インドネシアで仕事をする日本人は、会社の規則で、安全のため、責任のため、車を運転してはいけない事になっています。ですから、当然、車と運転手は会社持ちで与えられます。運転手付きレンタルにするのが、一般的です。運転手を社員にする会社はほとんどないと思う。
 日本では想像できないほど運転マナーはでたらめだし、技術も低い。運転免許を取得するための試験はない。誰でも、18歳以上なら買うことができる。それも、日本で言う大型車ライセンスも、である。免許を買ってから、自分の責任で練習をする。子供がバイクを運転しているし、無免許運転も普通である。かく言う、私も無免許運転をしていたことがある。こちらは国際免許は意味がない。

バスでもトラックでもタクシーでも外国人が使う運転手でも、雇う方の責任である。インドネシアに一時停止やどちらが優先などという規則は無い。もっとも、法規については、私も知らない。一応、日本の法規に準じて運転をしている。発進時の後方確認や一旦停止の義務はない事だけは分る。

 ちょっと込み合えば、ファイティングの始まりです。信号などは関係ない。譲り合いの気持ちのかけらも無い。そこで日本人はそのファイティングに割り込む必要は無い。運転手に任せるのは当たり前である。

 ところが、私は変です。運転手に任すことができないのです。自分なら、もっとうまく割り込めるし、もっとうまく先頭に出ることができると思うからです。

 また、車の中のエアコンの温度や風向きを自分の気持ちだけで切り替えたいのです。いちいち、運転手に命令したり、頼んだりするのがいやなのです。また、頼んでも、自分の思うようにはなりません。同乗者がいれば、その人に気を使わなければならない。

渋滞なら、自分で進路を選びたいのです。運転手任せだと、遅い車線でのんびりと運転したがるような気がするのです。他の車線のほうがどんどん進んでいるような気がするのです。自分で運転なら納得します。

見知らぬところへ、自分で探しながら、聞きながら、運転して出かけることが好きなのです。変わった出会いや、思わぬ景色に触れる事があるからです。

私が、日本人の中でインドネシアでの運転走行距離はずば抜けて長いでしょう。一年三万キロ以上、20年で60万キロメートル以上は運転しています。今は、会社から、1200CCの車を借りている。納品など、私が使っていない時に、会社も使う。

インドネシア車事情 2

車の運転の心構え、一般の日本人は、自分で実行することはありませんが、後の座席でふんぞり返って居眠りをしていないで、インドネシア語の単語のひとつ二つ覚えるとか、運転手がどんな運転をしているのか、チェックするとか、道端の様子はどうだとか、たまには、何かをしてほしいと思う。車は日本と同じ右ハンドルの左側通行です。

運転のコツ
 1 インドネシアはどんなことが前方であったとしても、インター閉鎖や通行止めにはなりませんから、必ず通過できます。

前方が渋滞していると分かったら、中央よりでなく、路肩寄りの車線に移る。最終的には路肩まで行って走る。絶対にはやい。なぜか、路肩を走る車は少ない。また、割り込み側の方が先に出やすい。事故なら、例外はあるが、路片側の車線を塞いでいることが多い。だから、路片側は割り込み側である。中央車線側が塞がれている時や事故や故障ではなく、車線が減る前も、とにかく渋滞はすぐ路肩を選ぶこと。路肩を走る車の運転手は運転に自信がある。

2 料金所の手前の渋滞はやはり左側、左端が、流れが速い。なぜか、料金徴収ゲートは左側に広がっているからです。三車線、四車線から直進するゲートは行列が長い、その行列の手前から、運転に慣れた人の車は左側に移動する。この時も割り込み側になる。だから、料金所の何百メートル手前では中央車線が早い、百メートル手前辺りから左側に割り込んで、最左にでる。この方法が一番早くゲートを抜けることができます。ただし、左側はウアンパスといってお釣りを要らない丁度の料金を払う車だけが通ることができるゲートになっていることが多い。今は、それはなくなっている。そうなら、ぴったりを用意しておけばなお早い。持っていないときは、そこの手前の最左を選ぶ。しかし、そこはインドネシア、ぴったりのお金が無くても、ずうずうしく通過する車もある。長距離バスは特にそうだ。

そして、今のゲートは、e^tollという、カードを使う、予め、残高を知っていなければならない、どこのコンビニでも買える。昔の日本のプリぺードカードカードだ。ゲートに入るときのに、決められた場所に、あてがうと、遮断機が開く、残高が示される。

3 一般道で二車線を走るときは、やはり、左側が追い越し車線になる。左側は荷車やバイクや人を避けなければならないので、のろのろのトラックは中央寄り車線を邪魔者無く走りたい。トラックが左に寄ってくれることを催促して、パッシングをしても無駄である、さっさと、左から追い越せばいいのです。日本とは全く逆です。

4 一般道、一車線対向車車線との分離帯が無い、普通の一般的な道で、長い渋滞になったらどうしますか、渋滞の原因は全く分かりません。

対向車線を進みます。どんどん行きます。前後に自分と同じ考えの車が走っています。前の車が速度を落としました。対向車が前方に来たからです。にらめっこです。より、右の路肩が空いていればそちらによけて対向車をやり過ごします。あるいは、左に割り込んでやり過ごします。また、対向車線を走ります。何回か繰り返し、渋滞原因の手前で、元の車線へ割り込めばいいのです。そこには必ず、何人かの整理屋さんがいて、ちゃんと割り込ませてくれます。500ルピア払います。
 
 

インドネシア車事情 3

5 信号のある場所は赤でも左折はOKと書いてあるか、何も書いてなければ左折はOKです。偶に、信号に従えと書いてある場所もあるので、注意です。だから、左折車線で止まっていれば、後ろからクラクションを鳴らされます。間違って直進したいのに左折車線を塞ぐことになってしまった場合は、警官がいなければ前に出て道を明けてやることができますが、いる場合は、左折するしかありません。また、ぐるっと回って戻ってくることになります。あるいは、クラクションを無視します。

基本的、一般的には警官がいなければ、自己責任でどこを走ってもいいのです。右折車線、直進、左折車線もマークはどうでもいいのです。右折車線に直進車がいて直進車線に右折車がいた場合、面白い。どちらかが勝つわけで、負けた方は腹を立ててクラクションを鳴らす。一般的には直線車線にいた右折車が勝つ。割り込みの側は強引に入るからです。自分の方が前にでる自信があれば、車線はどこを走ってもいいのです。

6 前方になにかがあって、前万が一通行止めになった時(洪水や交通事故)もし、対向車線に出ることができれば、対向車線を走っていいのです。病院や空港へ行くときなど緊急を要するならなおのことです。勿論、誰かが入っていけばそれに同調して良いし、誰もいなくて、自分が開拓すればいいのです。その後ろに必ず同調者が付いてきます。警官がいれば、対向車に注意を促してくれます。そこら辺りに住んでいる人も、道案内にでてきます。

7 信号は消えていることが多いので、それは無いと同じだから、自己責任でどうにでも、通ればいいのですが、信号が生きているとき、青なら、前方が渋滞していてもどんどん詰めて交差点に入っていいのです。そのうち、前が赤になり脇の青信号からクラクションを鳴らしながら、入ってきます。無視していいのです。進めないものはどうしようもない。また、そのうち、反対車線が青になります。右折車がこちらへ向かってきます。直進車も動けません。卍固め状態に絡み合い、解けなくなります。そうなれば、交通整理屋さんが登場です。信号の変わり方は一本の道だけが青になります。四差路なら、四回信号が変わります。赤が消えると黄色になります。その後すぐに青になります。黄色に変わったとき、必ず誰かがクラクションを鳴らします。

インドネシアの車事情 4

 日本人が使う車は会社から与えられるはずですが、私は、運転手を使わないで自分で運転する特殊な人ですから、車にもこだわりました。会社から与えられる車はマニュアル車のセダンが多い。自分で車を買いました。キジャンのオートマ、2Lでした。インドネシアの一般的な道にはセダンは向かない。深さや広さが想像を超える凸凹、そして、洪水、それを乗りきるには高床式で無ければならない。渋滞がおおいし、ゴルフの帰りに足がつるから、オートマでなければならない。想像を超える急な登り坂が多い、登れないトラックが立ち往生している。超のろのろの大型車が道を塞いでいる。どんどん、追い越さなければならない。高速道路も急勾配が多いので急加速が必要だ。

2001年に購入したが、その時点で、インドネシア産では最高級車だった。キジャンは国民車の感が強く、公式な高級な場所でもキジャンなら胸を張って、参入することができる。ホテルでのパーティーでもキジャンなら問題ない。現在は四回目のフルモデルチェンジのスタイルで、キジャンイノファ(KIJANG INNOVA)(250万円)という。やはり、インドネシアで一番売れているし、日系企業の大半は日本人にこの車を与えている。私の車はその前のモデルだが、すでに18万キロ走っているが、まだまだ、健在である。
 

そのほかで人気のある車は、ダイハツのゼニアとトヨタのアバンザが最近急に増えたようだ。価格は130万円ほど、日本の小型車の大きさ。日本より30%ほど高いと思う。輸入者は倍の価格になるという。私は、今、アバンザに乗っている。十分である。

人気はやはり現地生産の日本車、日系で、80%以上閉めているでしょう韓国車は10%程度、その他、アメリカ、ヨーロッパをたして残りということでしょうか。

 トラックは国産ではHINOが圧倒的、MITSUBISHIFUSOがあるがあまり見ない。

バスも似たようなもの、古い、何十年も前のトラックやバスはどこ製か分からない。路肩で、修理をしながら今でも使っている。ベンツのバスもずっと昔のタイプで今も走っている。なんといっても日本からの中古輸入トラック、排気ガス規制で日本では使えなくなったものが、大量に只同然で、輸入され、幅を利かせている。あたかも日本ではないかと思わせる日本の運送屋の名前が入ったトラックが私の周りを囲んでしまうことがある。他の外国のトラックは無い、日本のトラックだけである。

 車検が無いので、点検は自己責任である。私はしっかりと5000Kmごとに点検やオイル交換をしている。

 ちなみに私の技術は車関係ではシートカバーやヘッドレストカバーのトリム(PP異形品)とウインドヲッシュ液を送るチューブ(軟質PVC)と各種操作のワイヤーを通すケーブルコントロールシステムのライナーチューブ(架橋HDPE,高潤滑POM)でお手伝いをしている。全て、日本から輸入していたものの現地調達に協力した。

 


インドネシアの車事情 5

日本ではバイクというオートバイ。インドネシアでは、モートルと言います。最近殆ど見ないようだ。駐輪場は各地にあるが、駐バイク場は目立たないような気がする。間違いでしょうか。

インドネシアには自転車は無いといっていいかもしれない。日本のメーカーは進出しているのでしょうか、聞いたことが無い。

スペダ モートル(sepeda motor)(バイク)これを省略して単にモートルという。日本のモートルメーカーは軒並み大規模で進出している。全てである。ほぼ、100%日系のバイクが占領している。価格は安くて12万円平均で15万円というところでしょうか。若者の月給が約3万円くらいですから、日本人の若者が車を買う感覚でしょうか。

すごいの一言、いたるところ、バイクの洪水である。ここ数年は300万台以上のバイクが増えている。来年は400万台を越えるといっている。車、バイク屋さんと関連会社はおお忙しで、フル操業、工場拡張や移転が盛んに行われている。私の会社も関係がある。今は、もう、前年と同じくらいの生産量になっている。

しかし、このまま、どんどん増え続けるはずがない。今は車、バイクバブル期であろう。間もなく、いつか、がたっと売れ行きが止まることでしょう。私がバブル崩壊の心配をしても仕方が無いことですが、大企業はとにかく作れ、作れの大増産中です。

巷はバイクであふれ、交通事故も毎日見ます。もっとも、処理時間の関係で、トラックがひっくり返っている現場を見ることの方が多い。

50~120CCが主流でちょこまかどんどん割り込んでくる。とにかくバイクには油断がならないが、いい事もある。割り込みに便利、左右に割り込むとき、バイクがいるところで入ることができるからである。

道の両脇にはバイクが駐車している。日本ならさしずめ駐輪場の問題でしょうが、こちらはバイク駐車の問題が大きい。歩道は少ないがあればそこはバイク駐車場である。改めて自転車はない。

自転車屋は見かけるが、子供、幼児用の補助車輪付きが大半で、その他は郊外レジャー用の高級自転車である。たまに見かける自転車は、ブレーキがないような、壊れかけたようなものである。

車、バイク関係のメーカーには申し訳ないが、後10年と、このバブルは続かないでしょう。賢い経営者なら、他の市場に目を移すでしょう。

今は通勤に高速道路しか使わないので、バイクに気を使う機会は少ないが、長い間、カリマラン川の土手通りを使っていたので、毎日、30分間はバイクとファイトをしていた。しかし、一度も事故にあったことはない。勝手にバイクがぶっつかって来てひっくり返ったことは数え切れない。

インドネシアの車事情 6

ジャカルタは超大都会です。東京よりはるかにしゃれたデザインの高層ビルやアパートメントが林立している。しかし、不都合な都市である。このような無秩序な都市は知らない。

  交通機関については私のホームページに書きましたが、ジャカルタで今、注目はトランスジャカルタといって、バス専用通りを走るバスです。2005年、メイン通りのブロックMのバスターミナルからスディルマン、タムリン、ガジャマダ コタまで最初運行された。今では主要道路にバスレーンが作られているが実行しているかどうか、わからない。一般の車も普通に走っているからだ。効果のほどが、実証されないまま、バスレーンを増やす工事をしたが、逆効果という批判もあり実施には踏み切れないようだ。もし、実施しなければ大きなムダ使いになる。

もともと、ジャカルタ市内の渋滞を解消するために、3イン1の制度が定着していた。効果についての評価は今一だったが、効果が全くないということは無いように思う。朝07:00~10:00と夕方16:30~19:00今でも実施されている。スディルマン、タムリン、ガトゥットゥスブロト通りである。3イン1は、ナンバー偶数奇数に変わっている。

そのほかにもさまざまな案が浮かんでは消えた。シンガポールのように時間有料にする、車のナンバーで乗り入れていい曜日を決める。モノレール建設、是は実際、工事に入ったがどういうわけか中断して長い。こんな大都市で、地下鉄が全然ないのもここだけだと思う。

すでに何年か前から、車の渋滞は有名。それなのに有効な手段がない。車やバイクはどんどん増える。このまま、10年後はどうなってしまうのでしょうか。

気の毒なくらい、鉄道網が全く発展していない。日本がお手伝いして、一応ジャワ島には路線があるが、列車の本数は極端に少ない。機関車、車両とも骨董品である。ジャカルタに通勤列車らしきものがあるが、車両は京浜東北線や山手線の中古車である。自動ドアは壊れて修理できないので、ドアは開いたままである。

屋根への無賃乗車は絶えず、対策に頭を痛めているらしいが、妙案はないようだ。今は、ない。

インドネシアの車事情 7

車はとにかく自己責任である。事故が起きた時、人命に関係なければその場で示談で和解しなければならない。喧嘩を始めれば、見る間の周りに人が群がってきて収集がつかなくなるどころか、誰かが、暴力を振るえば、ただ事ではすまなくなる。

私自身で運転していて、割り込みあいや抜きあいのような、競り合いをしたことはないが、よくそういう風景を見かける、ぴったり後ろにつけてパッシングを繰り返し、やられた方が、逆に後ろについてやり返したり、抜き返して急な割り込みをしたりする。完全に喧嘩運転だが、双方とも、それほど速度が速くない、せいぜい100k前後である。笑っちゃいます。それを横目で見ながら、120kくらいで、さっさとその二台を私は抜きさっていきます。あいつら、あほか、と思いながら。一回だけ、抜き去った後、その二台がドカンという音とともにクラッシュしているのをルームミラーで見たことがある。

そう言えば、間一髪の事故には三回遭遇している。

一回目は、2002年11月のこと、ジャカルタ、ブロックMのカラオケを00:00過ぎに出てチカランの家に帰る途中、真夜中でもあり120kくらいの速度で高速道路を走っていた。突然、バンという音と共にフロントガラスがすっ飛んだ、と感じた。一瞬、真っ暗になった。目を瞑った方です。高速で走っていたが急ブレーキを掛け止まった。路肩に止めてハザードランプを点けて前に回って車を点検した。フロントガラスの助手席側の真ん中に何か10cmくらいの石が勢いよくぶっつかったようにへこんで、真っ白に細かいヒビが入っていた。左のサイドミラーが割れていた。ボンネットは無数の傷があった。運転席の前のガラスは無事で前が見えたので、そのまま、その日は、家に帰ることができた。私は全くの無傷でした。でも、周りの状態によっては、最悪,大事故になっていたかもしれない、思い返すとぞっとするので、あまり思い出しことはない。

二回目は2005年でした。ジャカルタへ向っているブカシバラットを過ぎた辺りで、四車線の三車線目をトラックの後ろを80kくらいで走っていた。四車線目に入って、追越をかけて追い越したか追い越さないかの、その時、そのトラックがドンと大きな音と共に、私の車側に急に寄ってきた。急ブレーキの音がした。その次にドカンと中央のガードレールに激突した。右のサイドミラーでそのトラックが反対車線の乗用車と接触するのを見ながら、遠ざかった。これも、間一髪だった。もし、一瞬、パンクが早かったら、私の車の横っ腹にぶっつかって一緒にガードレールにはさまれていたでしょう。何事もなかったように過ぎ去ったが、おそろしい話しです。これも、殆ど思い出すことはありません。

これらは、自分が運転していたからではなく、後ろで、ふんぞり返って、居眠りしていても起きる事例です。安心はできないのがインドネシアの交通事情でした。

 三回目は、チプララン高速道路でのこと、パンガンダランへ夜中に向かっていた途中、坂を上りきったところで、、何かが、フロントにぶつかった。完全に走行不能になrリ、レッカー車で修理工場まで運ばれた。



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