main
 パンガンダラン Pangandaran  2019-10-5
photo

10月6日 (^_-)-やった!やってしまった 3914 予定通り、2時に出発、チバトゥインターから入った。ところが、早速、ボケを発揮、チカンペック方面には、ジャラン トゥルースのゲートを通過しなければならないのに、何の疑いもなく、カードを当てて入って、気が付いた。間違った!! ジャカルタ方面に入ってしまった。マッいいか、チカランバラットから入りなおそうと思った。ところが、チカンペック方面、大渋滞、こんな真夜中、大型車両が止まったまま、チカランバラットに着いた時のもほとんど動いていなかった。こりゃ、トールを使うのを止めた。結果、ガラガラの逆に行ってよかった。

 そこで、出発のし直し、北の国道を行くことにした。結局、家の方角に戻り、チタフィラの前を通り、国道に入った、3時分だった。ガラガラ、何故、大型車両、こちらを使わないのかと思う。カワランバラットからトールに入った。勿論、間違いなく、ジャラントゥルース側に入った。3時半だった。びっくりするくらい、ガラガラ、ずっと100Kmでチカンペックゲートに到着、もう、ずっと、渋滞は無し、5時ころ。チレニの辺りで、東の空が茜を帯び、タシクにバイパス辺りで、サンライズ。全く順調、途中、2回、ガソリンスタンドで、トイレとちょっと休憩、チアミス バンジャール そして、バンジャールサリを通過、ここから、1時間でパンガンダランに着く、10時半に、ゲートに入った。

 ひるの西海岸からパシルプティ方向、二隻の難破船が、まだ、そのままになっている。景観を壊している。スシ大臣、放っておくのでしょうか。

 西海岸に向い、ウミさんのレストランに行ったが、閉じていた。ラシッド君にTELしたら、本人はジョクジャから今朝戻ったばかりで寝ていたという。ウミさんは、熱を出して寝ているという、そこで、近くの弟のイワン君の店に行って、一緒に朝食を取りながら、パンガンダランの最近の状況を聞いた。西海海岸の駐車場になってしまっていたとことを、公園にするそうで、チャガールアラムのゲートまで、その折り返しが続いていた。

 12時までまだ30ほどあったので、パモルディアンアンホテル(30万Rp)に飛びこみで行って荷物を置き、西ゲートに向い、既に、来てくれていたラシッド君と合流、早速、チャガールアラムの中へ、(2万Rp)完全に、乾ききっていた。がさがさと落ち葉が積み重なった上を歩き、登り始めた。順調で早い。彼のペース、私の体力に気を使わない。何とかついて行く、とにかく、枯山水の世界、一滴の水も上から見ることない、それどころか、地割れもあちこちに有る。濡れないし、水での滑りは無いし、足元の警戒が無くなる。これが、最終段階で、強烈なダメージを起こすことになる。

  この写真のどこにあるか分かりますか。
何時もの観察場所に近付いた。ラシッド君、枯れた沢から、片側の斜面のぼり、探し始める、私は、沢に沿って両側の斜面を見上げながら探す。見つからない、匂わない。あるのは、蕾と真っ黒な残骸だけだ。ダメかな、乾季の最終、乾ききった場所、先始め、開き始めで、枯れてしまったような、中途半端な状態で残骸になってしまっているものが多い、諦めて、滝の上に向ってた、既に先端に近い、海は見下ろせる場所にきた、右に海の岸壁に打ち寄せる白波を眺めていた。歩く場所か、踏み外しやす斜面だ。いつもは、歩かない場所だった。ふと、匂いが来た。左の急斜面の上に方からだった。急に、元気が出た。ラシッド君が先に見つけた。やったね!私の恋人が、咲いて待っていてくれた。

 これば、また、20年もラフレシアを見ているが、唇を開いていた。突然変異だと思うが、真ん中の口が裂けているのにあったのは始めてだ、貴重な状態にものに会えた。写真をいろいろな角度から何枚も取った。これで、今回は大満足だ。一睡もしないで、7時間以上かけてきた甲斐があった。

 滝の上も水は流れていなかった。水たまりの中に、オタマジャクシやボーフラの大群が集まっている。ちょっと休憩、又、歩きはじめる、もう、探す気はなく、さっさと上り下りをしながら、別のルートを出口に向かう、途中、いくつかの枯れた状態と蕾には会えた。多分、13日から16日くらいが見ごろになるだろう、大きく膨らんで茶色い皮が剥がれた状態の蕾が三つあった。そん頃来れば、最低一つ、ついていれば三つの、ぱっと開いた見事なラフレシア ファトゥマに逢うことができるでしょう。私は、その時、コモド島に行っているからダメだ。

 帰る途中、突然、ぶっ倒れた。何かの攣るか枝につまずいた。カメラとボトルで両手は塞がっていた。なんの防御もできず、左斜めに卒倒した。顔面左目の下から頭が地面にぶつかった。左肋骨の下の方も何かの出っ張りにぶっつけた。一瞬、気が遠くなる様な気がしたが、それがなかった。ただ、じっとしていた。ラシッド君、何事がったか分からない、何もできない。何とか、歩けるようになった。右目の下が痛い、たんこぶが見る見るうちに大きく膨らんだようだ。肋骨の方はどうか、痛いはそれほどは無いが、骨にひびくらいは入っているかなと思う。それより、脳がかなりに衝撃を受けたと思う。ボケ状態が改善されたかもしれない。

 パサールイカンで、食事をし、ラシッド君と別れた。ホテルに帰ったのは16時頃だった。何をするにも、胸が痛みだした。疲れもあって、出来るだけ痛みが少ない寝相で横になった。いきなり眠ってしまった。ネットが繋がらないので投稿は出来ないし、何もする元気もないし、そのまま、何回か起きたが、眠り続けた。

やった! やってしまった 大丈夫?

 10月7日 (^_-)-体中が痛む 3915 9時に出発し、16時10分に会社に入った。7時間ちょっと掛かった・トールでカラワンバラットから、急に渋滞になってしまった。事故だった。これが無ければ」7時間を切っていたはず。途中、給油とトイレでポンパベンシンに寄ったのと、E-TOLの残高がチバトゥまでには足りないのでコンビニによって、30万Rp追加した。ロスタイムはそれだけ、15分もない。

 薄い雲があって、太陽が現れたのは7時過ぎ、東海岸だ。晴れていれば、向こうにヌサカンバンガン島が見える。以前は自由に島の西海岸に上陸できたが、脱走事件や密輸の取引場所に使われたりで、この何年間、観光客の上陸は禁止になっていた。わたしは、特に、地元の人に、行こうとは、行っていなかった。だが、解禁になっていれば、また、ぜひ、行ってみたい。ロブスターの食べ放題のバーべキューをしたいと思っている。行けるかな。


 どうですか、休日の朝の海岸の人出、もう、20年以上みているが、何万人?いつも、凄い。しかし、肌を出した水着は皆無、これでも、半数は水着を着ている。水着らしくない水着だ。それで、海岸の砂まみれになっているから、後の洗濯が大変だと思う。

 日本軍が作った?作らせた鉄道、バンジャルとパンガンダラン間にあった。今でも、そこかしこに、その後が残っている。

 ウビチレンブ(サツマイモとそっくり)甘くて、柔らかい、ここらあたりでは、ウビマドゥ(蜂蜜芋)とまで言っている。マタンといって、既にふかした状態で売っているものを買った。1Kg,なんと2万Rp(160円位)


Ubi Cilembu”で、検索してみてください。よだれが出ますよ。外れは殆どない。日本のサツマイモもインドネシアのスーパーで売っているが、高いが比較にならない。

 Tribute for I love KRA Korea Racing Authority(KRA)だと思うが? Jatengは、中部ジャワの街ですね。 gayengはジャワ語で愉快な コリアチームを賛辞していていながら、このマークはまずいでしょ。コリア人が見たら腰を抜かす?

 特に左わき腹の痛みが取れていない、咳やしゃっくりで痛むがくる。目の下のコブは消えたが、触ると痛い。また、どういうわけか、両上腕部の筋肉が痛む。運転のハンドル操作、左脇の下の痛みを我慢しながらの運転だった。それでも、今以上痛むことはない、自然快方に向かっている。明日は、痛みが殆どなくなっていることを願う。

 私がインドネシアで、戸村さん共一緒に行ったことがある、パンガンダラン、呑気にラフレシアなどを探している間に、私の家の庭木の剪定を完了していただき、感謝感激です。流石、植木職人、戸村植木職人の作品の一部です。

無事 帰還 賑わい

76歳直前だ。