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 装置が到着してもなかなか動かせるようにはならない。早く試作をしたいのだが、じっと待つしかないようだ。水と電気の配線とエアーの配管だけだが、歯がゆくて仕方が無い。作業を見たり聞いたりしているといらいらしてきて体によくないので、できるだけ近づかないようにしているのだが、ついつい、何処まで出来たか、正しい方向へ行っているのか見たくなってしまう。そして、見なければ良かったと思う。

 ○  試作
 原料も入手し、試作が始まった。ところが甘かった。HDPEとPOMは難しい樹脂の一番二番だと言うことを無視していた。バキュームボックスとキャリブレーションダイとSUSのサイジングプレートで簡単に作って見せてやるつもりでいたが間違っていた。第一、2φや2.7φのサイジングフレートに溶けた樹脂を通過させること自体が非常に熟練を要する作業だった。
 インドネシア人に手本を見せるにも、私が四苦八苦してやっと、通せる物をながめているだけの人が通せるはずが無かった。其れに両方の樹脂とも温度は低いが凝固速度が早いので、指先に感じる暑さは強力だ。指先の火傷を怖がっている現地人にはかなり難しい。
 もう一つの問題は、この会社が持っていたホッパードライアーで乾燥が充分できると判断してしまっていたが、実際には140℃で5時間以上経過しても乾燥は不十分だった。完全に壁にぶつかってしまった上に、貰ってきた試作用の原料の残りが少なくなってしまった。
 乾燥については、私が手伝ったPT.KITAGAWAに、社長から頼み込んでもらって、何とか乾燥することが出来た。しかし、これも、直ぐ樹脂を使い果たしてしまった。
 もう、試作納期の期限が少なくなってきた。その上、製品の表面が波打ってしまって、試作品として提出するにはあまりにも私のプライドが許さない。
 皆さんが簡単に出来る方法で、製品の外観も良い製品を作るための方法を考えなければならない。一休さんのように、シンキングタイムを一日取った。囲碁のソフトで有段者の詰め語を解きながらかんがえた。ぽくぽくと木行を叩く音が聞こえてきたようだった。そして、ひらめいた。
 基本に戻って、昔々、あるときの事を思い出した。単純にナイロン用C.Dieでやることだった。どうしても、寸法を規制しなければ丸くならない、スピードは第二とし、製品寸法第一で、初期段階は、いくことにした。落ち着いて量産が開始されてから、採算性、生産速度の改善をしていくことにした。それにしても、2φの穴にHDPEの溶融樹脂を通すのは大変である。慣れてもらうしかない。
 実際、皆さんにやってもらうと、出来ない、慣れない。どうしても、もっと簡単に穴に通す方法を考えないといけなかった。ノズル、マンドレルを小さくした。製品の四倍だったのを二倍にした。引き落とし率を小さくした。これが成功だった。直ぐに、できるようになった。また、製品の内面や外面のボイドをなくす為に、160と200メッシュの金網を使った。また、バキュームボックスの中は空気を入れず、水をいれるだけで、減圧の力を調整することにした。それぞれ、重要でした。これで、胸を張っていつでも量産に耐えられるようになった。速度も客先が日本から輸入していた壮一の三倍である。客先もびっくり押していた。

 そして、直ぐに、日本からの輸入を30万Mほど、PT,AFMIがやることになった。

           
              ○  POMチューブ
 簡単に言うと、初心に戻ったと言うことでした。色々新しい方法を考え、できるだけスマートに製品を作り上げようとしていたのでした。手作りでアルミプレートを作り上げ、ランドや入り口のアールも勘で作り上げた。POMは2.7φ3.8φ、4.5φ、4.8φの四種類、全部手作りで作り上げた。出来栄えの違いにインドネシア人スタッフは驚いて感激してくれた。
 一方、HDPEのチューブは完全初期的な方法で、自分でも工夫や進歩が無いなと思う方法バキュームをしっかり効かせ、間接冷却(水に直接触れない)でゆっくり引っ張るしかなかった。とにかく最初のサンプルは相手が安心する物で無ければならない。そのためにも、速度や採算性よりも見てくれ重視である。
 これで何とか、格好がついた。私の信頼に関することで、皆さんをとにかく、なるほどと納得させることが必要だったので、ちょっとだけ、あせった。

 結局、この会社ではPVCだけしかやっていなかった。一番簡単なだれでも直ぐできる樹脂しか暑かったことが無かった。そこへ、エンプラの中でも一番難しい、HDPEとPOMにそれも極細チューブの生産から入ったから、皆さんの大変さは押して知るべしである。私がいなければ絶対取れない取らない仕事である。何とか出来て大変安堵している。
 

 今回のPOMの試作で分かったこと、何十年も押出を遣っていたが始めての体験で、びっくりしたし、現場で仕事をしている全員に迷惑をかけた。PVCからPOMを置き換えてはいけないということでした。ものすごい分解ガスの発生で、目や鼻が痛くなるどころか息が出来なくなってしまう。臭い。このすごさは初めて経験した。
 それと、間一髪で大怪我をしなくて助かった。ブレーカープレートが分解ガスの圧力ですっ飛んで私の胸に当たった。べたべた解けた樹脂が作業服にへばりついた。もし、顔に向っていたら、大火傷を負うところだった。

○  押出機の操作が難しい
 押出機はかなりの年代物、回転を確認するのにプーリを覗き込んで回っているか、どのくらいの回転数かを目視で確認する。また、PVC異形の金型のごつさにも恐れ入った。私が提供した金型と比較すると私のほうがかなり単純であることは一目瞭然である。
架橋HDPEチューブ
POMチューブ

内径チェッカー

 ○ いつものこと

バイクの売れ行きが予想以上に好調なので、現在は量産に突入していますが、この仕事もそうだが、製品ができても受注までに必ず何かの問題が出て、寸法的にOKでも条件が後から追加される。今回は、チューブの厚さの公差が新たに示されたことでした。続いて出てきたのが品番が内径と外径の数字からなっているという話だったが、実は例外が何点かあって、サンプルを作った後で、受け入れ検査でNGと評価されてしまった。
 こういうことには慣れているが、またかよと思う。客先にとっては間違いが初めてであっても私にとってはウンザリである。我慢である。
 客先だけの問題ではなかった。こちらの会社の検査システムにも多きな問題があって、新入社員の製造の図面担当者が検査して、OKにしていた。QCの専門家がいない。機構から変える必要がある。

 落語のような話だが、結局、半田の針金で、楕円を矯正ししながら素引きでやることにした、これが一番原始的で、一番確実にあらゆるNGの要素をなくす方法であるというところに行き着いた。そして、ちょっと慣れれば誰でもオぺレーターになることが出来る。私である必要はない。

 ○  内径検査装置
この時、内径の最小を保障するための装置、内径チェッカーを新規に作った。大きすぎるほうは外径のストッパーで検知することにし、内径には鉄のボールを入れて、マグネットで位置を固定する。製品の内径が小さすぎてその位置から移動した場合はセンサーで、警報を鳴らすとともに、巻取りを止めてしまう装置である。この保障はインドネシアでも当たり前になってきた。日本仕様ということである。一番小さなボールは1.4φを使う。内側にワイヤーを通し、車の装置を動かすわけだから、引っ掛かりが当ては、大変なことになる。内径管理は、最重要だ。

 ところが、後日談がった。この会社の社長、私を首にした後、内径の不良品が発生した。その、言い訳に、太田が使わなくても言いて言っていたから、使わないかったと言ったという。自分で作って、使わせた私が、使うななどというわけがないのにである。

 この社長、内部告発で、不正が発覚し、親会社が倒産した後すぐに辞めさせられた。

 私が手掛けた、シャープ冷蔵庫のサッシュなど、私がやってあげたもの以外には、そののち、新製品はできないままだ。新しい親会社(TPR)からの仕事しかできない。押出成形について話ができる人もいない。

日本平
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            ○  架橋HDPEチューブ
 PT.HI−LEXというタンゲランにある車やバイクの操作ワイヤーのメーカーです。日本では、ハイレックルコーポレーションhttp://www.hi-lex.co.jp/index.html(旧日本ケーブルシステム)からの注文である。タンゲランの社内で緊急用チューブの生産ラインを一台持っているが、大部分は日本からの輸入である。それを、現地調達に切り替えることになった。進出して間もないころ、10年ほど前から、探していたが、作る会社は無かったという。私が入った会社にも5年ほど前に聞いたが、断られたという。この会社、とにかく、塩ビの冷蔵庫用ガスケットとしかできない。以前、P,BEDがサイドバンパーができないか、聞いたところ、断られて、結局、私がKITAGAWAにいたときにやることになった。そして、私がこの話を聞いて、やってみることにした。私に行きあえてそういうことになった。

  残念ながら、今までやったことが無い。しかし、知った振りをしてやってしまうのが私。PT.AFMIのスタッフは全くどんなものかも分からないので、できるという、私を信じきるしかない。客先も、私を疑うなどということはまったく考えない。信頼しきっている。
 普通に架橋剤をHDPEに混ぜて、チューブを作り、アニーリングし架橋させるだけである。問題点は何も考えられない。
 ただ、装置が無いだけだ。注文をして、装置はできているが、日本からまだ出ていない。二月中旬には出荷の予定が25日、まだ、出ていない。三月七日の出帆で二十五日にジャカルタのタンジュンプリオク港に着く。
 金型の注文書が入ってしまい、客先からは、マスプロダクションまでのタイムスケジュールを要求された。4月1日エイプリルフールに試作の開始予定。ま、何とかなるでしょう、と、たかをくくっている。
 そこで、一策を錬った、私がいなければこのことに関してPT.AFMIではだれも手をつけられない。都合があって私は3月20日〜3月6日日本に滞在しなければならないことにした。事実、3月20〜30日は日本へ帰っていた。
 それを客先には理解していただいて、スケジュールも了解してもらった。4月15日までに全製品のサンプルを提出する。
 このチューブだけでなく、POMのチューブも作らなければならない。同じ方法でできてしまうことを望んだ。


              ○  装置のセッティング
 着いた着いたと大騒ぎ、大勢集まって来た。固唾を呑んでドアが開かれるのをまった、ところが、中身は装置ではなく、マグネットバンドだった。一同、がっくり。そんなこともあって、
 やっと、4月4日に装置が到着した。たったの三台、巻取機、水槽、引取機だけであ。それは、皆さん大騒ぎ。写真をバチバチ撮っていた。
 PT.AFMIとしては、今まで見たことも無いような装置がやってきた。勿論、使い方など全く分からない。先ずは、設置することから始めなければならない。