PANGANDARAN ご存知ですよね。 日本人で知っている人はインドネシア通と言えるでしょう。行ったことがある人はもっと通かもしれない。インドネシア滞在9年間、40回当地を訪問した。これからも、何度か訪れるでしょう。私にとってはそれほど魅力的な場所です。
色々な楽しみ方ができるのが一番の魅力です。食、風景、ジャングル探検、山歩き、泳ぎ、喧騒、静寂、日の出、日の入り、インドネシア人との会話、早朝から真夜中まで、その人の趣味、得意不得意に合わせて楽しめる。
位置 中部ジャワの南西端チラチャップの西、西部ジャワの南東端に位置する。インド洋に突き出た、周囲5Kmほどの半島、これを頭とすれば其の首根っこと肩、胸からなる地域をパンガンダランと言う。ジャカルタから平均9時間(途中給油や昼食で一時間を含む)余りかかる。チアミスからあと200キロという看板があらわれ、10Kmごとに看板があるので、確認しやすい。以前は、10時間11時間当たり前だったが、現在は凸凹も少なくなり、バンドンを過ぎてからの山道が拡幅されたり、タシクマラヤ辺りはバイパスができたりで、だいぶ時間が短縮された。
なんといっても、バンドンまで高速道路が通じたこと。
ジャカルタと周辺の町から直通バスが出ている。日本から行く場合は、ジャカルタからバス、10時間、バンドンからバスで5時間、ジャクジャカルタからバスで7時間、ほんのたまに日本から来た日本人に会う。日本からでは、かなりのたびマニアだと思う。バリ経由、ジャクジャ経由でおそらく最低、二泊3日でたどり着くところだ。
道中 プロワカルタとバンドン間、バンドン、タシクマラヤ間の大部分が上り下りの山道、登れないトラックが立ち往生していたり、それでなくてものろのろなので、見通せない曲がりくねった道で追越を連続でかけなければならない。危険といえば危険、充分注意が必要だが、追い越さないで行ったらいつ着くかわからない。所々で後ずさりをする車を止めたり押し上げたりする事を仕事にしている子供たちがいる。帰りのほうが急な登りが多いので、そういう場所で若干緊張する。
以前は雨季になるとアスファルトがはがれ凸凹がひどく(特にバンジャールからパンガンダラン)、避けることができないほどだったが、いまは、舗装が上乗せされほとんど凸凹はなくなっている。ただし、グリーンキャニオン方面はまだ改良されていない。
ガソリンスタンドが途中どんどん増えている。最近オープンしたガソリンスタンドにはミニコンビニが併設され、以前のように燃料切れの心配をすることが無くなった上に、トイレにもまったく困らなくなった。それ以前はモスジッドを使わせてもらっていた。
約4時間運転後、タシクとバンドンの中間(カルティカサリ)で必ず休憩をする。景色はいいし、たのんだものが出てくるのが早い、行きも帰りも寄るので、私は顔なじみになっている。いつも筋肉質のアヤムカンプンを食べる。
バスの運転の荒いこと、乗用車並みのコーナリング、バスの上部は大揺れに揺れている。抜き方も半端ではない、強引さは感心するほど、其のバスと道中ずっとファイトしなければならない。
一番渋滞しやすい場所は、帰りの道中バンドンのバイパス的高速道路の出口付近(パダジャラン)。最高二時間かかったことがあった。そこを通過してしばらくいくと、プロワカルタ方面は右折をする。その方法が、通過かするたびに変更される。大分手前から、対向車より右側を走る場合もあるので、あらかじめ中央側車線にいたほうがいい。現在はここを通らない。
バンジャール辺りから、荷物ではなく人間を満載したトラックが増える、そうしてまで、パンガンダランへ行くのである。ふちに乗っている人間はつかむ所があるが、中ほどの人は大変だろうと思う。でも不思議なのはそのトラック達は何処に駐車しているのでしょうか、現地ではまったく見かけない。
インドネシアの道は何処でも同じだが、道路標識は主な分岐点の手前にしかないし、その看板が木の葉で隠れて見えにくい、道沿いに何処方面という看板がないので、その道が正しいのか間違っているのか確認できない、怪しいと思ったら聞いて確認したほうがいい。私は看板など必要はない。店や公共施設の看板に町の名前が必ず書かれているので地図を見ながら通過する町の確認ができる。
現在は、バンドンを過ぎてチレニイまで、高速道路でつながっているので、それだけで二時間は短縮できた。チカランから30分の休憩を含めて7時間で到達できるようになった。
状態 西海岸は海水浴場で広大な砂浜が広がっている。朝早く行ってみると、混んでいるときは、夏の湘南も真っ青といった雰囲気、はるかずっと向こうまで人が点のように見えるところまで、人人で大混雑(何万人)、泳がないで、海岸でうろうろしている。海へ入る人間は5%もいない。最も泳ぎが達者でないと危険、インド洋の荒波は半端ではない。これがインドネシア人の楽しみ方、ここに来ているということが満足なのでしょう。以前はタイヤの貸し浮き輪が多かったが、最近は貸しボディーサーフボードが増えている。マリンジェット、サンドバギー、おまけにハーレー族、なんでもありのごちゃ混ぜ状態、しかし、日本の暴走族のようなやつはいない。
こんなに人がいても、日本人にはまったく会わない。聞くところによると、私が特別で、何回も来る人はいないし、日本人にはほとんど会わないらしい。
ジャワ島の人なら、ほとんど誰でも知っている。しかし、日本人はほとんど知らない。何故でしょうか、情報源は、観光ガイドブック、旅行会社の広告、ジャカルタ新聞、カラオケ。これらから、パンガンダランは出てこない。知っているのはプラウスリ(インドネシア、ジャランジャラン入門編)、まずリゾート地で行くところはそこ。インドネシア人からパンガンダランについて教えられたり、行きましょうと言われることはない。とにかく、遠い。飛行機は使えない。車で一日がかりである。小さい子供は、耐えられないだろうし、男ばかりででかけてもしょうがないし、ゴルフ場がないので、そのついでともいかないし、とにかく、日本人のおじさん族は行きにくい場所だと思う。直行バスは、ジャカルタからは勿論、ちょっとした町からも出ている、ただし、危なそうでバスで行く気にはなれない。バスの運転の乱暴なこと、あれでは事故が起きても不思議ではない。其のバスと、勝負しながら、自分で運転ですから、他人には進めることができません。日本人以外の外国人(欧米系、オーストラリア)にもほとんど会いませんが、たまにバスツアーできています。
人出の様子はここ独特で、こんなに朝早くから夜遅くまで賑わうリゾートは他にない、インドネシアで唯一、無二ではないでしょうか。バリが外国人のためならまさしくここはインドネシア人のためのリゾートである。二人乗りの貸し自転車が人気なのがほほえましい。インドネシアのひとにとっては、そこでなにをしたとか何を見たと行くことではなく、学校時代に行ったことがあり、また、もう一度来たというのが、ステータスになるらしい。
以前は西海岸通りに乗用車、観光バスが何百台と駐車していたし、みやげ物の小さい店が場所を奪い合うように両脇に出ていた。今は、首根っこの北部分、入り口に近い場所にバスは駐車するようになっているし、土産物屋も同じ場所に移転させられている。ただし、土産物屋は立地条件が悪く(ホテルや海岸から離れている)、そこまで、買い物に行く人はごく少なく二百件以上ある店は閑散としていて移転させられた人達は不平たらたら、当然だと思う。またもとの西海岸に戻りたいといっているし、実際少しの店が戻ってしまっていた。それも、2006年の津波で流され、それ以後は店を出すことは禁止されている。
東海岸は漁船の停泊場所、満ち潮のときは海岸が消え、波が海岸道路に打ち上げている。おいしいレストランや魚市場はこちら側だが、人出は少ない。夜、波の音が気になって眠れないという人もいた。私にはドドドーという音は、睡眠薬代わりになる。ヌサカンバンガンからの日の出は勿論こちら、天候次第だが、ここの日の出も感激の一つである。
食べる これが楽しみの半分。とにかくシーフードである。また安い。ジャングルの東入り口近くのレストラン?が一番の人気、やはりおいしい。ただし、いつでも込んでいる。早めに行かないと席が取れない。二番目はパサールイカンの入り口右側のレストランここもおいしい。この店から満席になり、次第に他の店も一杯になっていく、8時ごろには、20軒ほどある店がほとんど一杯になる。昼食時の賑わいも同じよう。そのほか、ホテル内やまんなかの通りにも何件かあるが、総じて高いし時間がかかる。ちなみに、生きているウダンムティアラ(真珠海老、ロブスター)が10万ルピア/kg。鯛やカレイやイカ、カニは高くても3〜5万ルピア/kg。ジャカルタの四分の一以下。バリ、ジンバランなどは40%値切ってロブスターを15万ルピアにしても喜んでいられない、秤が40%重く出るようになっていたりする。その点ここは本当に正直。値切る気になれない。食べたい海老や魚やカニなどを選び、重さを言う、料理方法を言う、わからなければ、お任せでもいい。カンクンとナシは当然のようにたのむ。1人当たり1kgくらいが適量か。ロブスターは別腹。
どんな食べ方でもおいしいが、醤油と山葵を持ち込んで、サンバルやケチャップの代わりに付けて食べる、これが格別うまい。どれも手掴みで食べるべし。何回目かに、小ぶりのロブスターをぶつ切りにしてもらい、スープを作ってもらった。特別メニューでこれまた絶品。ここでの食事は、多分、日本人なら誰もが味も値段も大満足すると思う。
クラパムダ(若椰子)もはずれが少ない、そのままの味を楽しめる。この界隈は、広大な椰子の実のプランテーションがある。
満腹、もう結構、ベルトを緩めながら、ミンタボン(請求書お願い)。一人当たり、5万ルピアに届かない。
宿泊 ホテルやロスメンは相当数あり、価格は季節や休日の具合によって異なるが、30,000〜600,000ルピア、地域が狭いので、どこに泊まっても雰囲気は同じ、私がよく利用したのはブミヌサンタラ、パンタイインダティムール(一番宿泊料は高い)とバラットでした。
連休は空きがないし、空きがあってもかなり吹っかけられるので、予約をしておいたほうがいい。社員旅行で使うようなロスメンは30,000ルピアからある。
大通りだけを使っていると気がつかないが、網の目のようにある路地という路地すべてがロスメン。線ではなく面状にあるから、その収容人数は膨大だと思う、あの海岸の人出が真夜中には全て収容できることが納得できる。
ジャカルタやバリのホテルを期待してはいけません。
始めて 名前がいかにもインドネシアらしいと感じ、また西ジャワでの海岸リゾート、プラウスリブやプラブハンラトゥ、アンニョール、チャリタ、タンジュンルスンはいまいち満足していなかった。泳ぎができ、ジャングルの中にも踏み込むことができるらしいと聞いて行ってみようと思った。
1997年でした。チカンペック、プロワカルタ、バンドン、タシクマラヤ、チアミス、ガンジャールのルート、そこから右折(真っ直ぐはジョクジャ方面)し、目的地に至る予定でした。
しかし、タシクの手前で、道を間違えた。ガルットのほうへ入ってしまい、山また山で、道は曲がりくねっているので方角がわからない、大雑把な地図(今でも同じ)では今どこにいるのかわからない。途中に日本でなら何号線という標識はないし、言葉が不十分なので聞いてもよくわからない。とにかく覚悟を決めてそのまま道なりに5時間ほど走ったら、インド洋にでた。ほっとした。海岸沿いに東へ向かっていたら、バトゥカラス(アンニョールと似ている?)、グリーンキャニオンの看板に出会った。寄ってみた(1時間弱)。その後5回ほど行っている。パンガンダランへはここから東20km,30分で到着した。ジャカルタを出てから10時間(途中休憩30分)でした。
入場料(入場料キジャン27、500ルピア、人数は関係ない)を支払い、半島の西海岸に向かい土産物屋の中を半島の首根っこの一番細い部分に向かった。西海岸側のジャングル入り口近くの駐車場のまえ、その名もホテルパンガンダランという、オランダ風のホテルに泊まった。朝食付きで50,000ルピアだった。ただし、当時のレートは1円が20ルピアでした。このときは、何も様子がわからないので、次にきた時に何ができるのかを聞く事が主で、森の中にちょこっと入っただけだった。それでも、道中の田んぼの風景、インド洋独特の海の状態、インドネシア人のはしゃぎ様にインドネシアを感じた。必ずまた来ようと思った。
海から半島を見る
西海岸の砂浜へ出れば、直ぐに写真アルバムをもった若者が、ボートに乗らないかと勧誘に来る。東海岸まで往復約二時間半10万ルピア程度、半島の先端、滝の辺りまで往復なら7万ルピアくらいです。船が海岸からスタートするとき、インド洋の高い波を乗り越えなければならない、タイミングが難しい。舳先が上がり直後ドンと落下する、大変危険である、要注意。
タマンラウトといわれているが、ちょっとした珊瑚の海岸を右に見てゆっくり通過。次第に三角波が大きくなってくる、流れに逆らって進むので、船は上下左右にかなりゆれる、海水を頭から何度もかぶる、びしょぬれは当たり前になる。遠くから見ていると、どの船も波間に見え隠れしながら進んでいる。普通でそうだから、天候次第ではひどい状態になる、私はそれほどでもないと思っているのですが、中には私をひどいやつと言った人もいた。
断崖に打ちつける波、大きな洞穴、すくっと直立している徳利のような岩、夕方なら森の一角から無数のコウモリ飛び立つ。滝の辺りまでが海が一番荒れる、過ぎて東側にまわれば波に乗るように進むので、ほとんど揺れなくなる。西海岸に戻る人はあまりいないようだ、東海岸で上陸して森の中に入ったり、海岸で泳ぐ。西海岸まで戻りたければ、200Mほど歩くだけである。
初めて来た時に経験しただけである。ヌサカンバンガン島へ行くときに西海岸から出れば、ほとんど半周して先端付近から島に向かうので、同じ風景は飽きるほど見ている。
ジャングル
Cagar Alam(チャガールアラム)国の自然保護地区、基本的には一般人は立ち入り禁止らしい。入り口は東西の二箇所、入場料(キジャン4000、一人1900ルピア)を払い誰でも入ることができるが、仕切られたほんのわずかなスペースを散策するだけである。
何種類かの石灰岩の洞穴(鍾乳洞)があり、名前がついている。日本軍が立てこもったという、ゴアジェパンというのがあり、其の前がちょっとした広場になっている。ここで、テレビドラマ(人間が空を飛ぶ不可解な時代劇?)の撮影現場に出会える。今でも真夜中に日本軍の亡霊が何かをしゃべりながら行進をするという。
野生の鹿、猿、牛(特に夕方)が目に付く、たまに、親指がやっと入りそうな小さな穴が地面に開いている、椰子の葉のヒゴ(何本かを束ねれば箒にる)を穴に差し込むと、黒光りをした10Cm程のサソリが釣れる。
一般の人は入れないジャングルに,ガイドを頼んで、分け入り、半島の先端近くにある滝を目指す。保護地区の手前は、森林が切り払われ、見通しが良くなっていて、見張り櫓が三つ立っていた。6年前は見張りがいた。其のときは見張りが見ていない時ちょっとした茂み伝いに入った。まるで達磨さんが転んだ状態でした。しかし、その後、10回ほど入ったが、見張りの人はいない。逆に見張り櫓に登って周囲を眺めながらくつろぐこともできる。これでは誰でも自由に入ることができる。切り払われた森林も今は背丈ほどの植物が生い茂り、人間が隠れることもできる。インドネシアらしい。
急な登りから、ジャングルに入る。普段運動をしていない人でも大丈夫。生い茂った木立は、雰囲気満点。これがジャングルだ。ターザンが出てきそう。
猿がまず出迎える、サルは物を奪うばかりでなく噛み付くので油断しないように。鹿、牛などの野生動物は夕方出会うことができる。運がよければオオトカゲやサソリにもあえる。毒蛇はミミズサイズのものでも一人前に飛び掛ってくるので、近づかない事。雨季が終わった頃は蝉がうるさい。オオムや啄木鳥は鳴き声はするが、なかなか見つけることはできない。島のいたるところでコオモリやツバメの姿は見られる。
ガイドがいなければ迷うだろう道を半島の先端近くの滝を目指す。部分的だが、入る度に道の状態は変化している。約1時間ほどで滝ノ上に着く。滝つぼまで蔓をつかんで降りると目の前にインド洋が広がる。ちょっと汗ばんだ体を滝壺で泳ぎながら流す。沖を漁船や半島観光の小船が通る、手を振れば答えてくれる。まったく贅沢な景観である。ここまでの疲れがいっぺんに吹き飛ぶ。西海岸の賑わいはうそのように、ここまで来る人はほんのわずかである。
ほぼ垂直に見える崖をのぼると、滝の上に出る。ここからも同じ景観を見ることができる、違った高さから見る景観はまた一興である。今まで一緒に来た日本人すべてが来てよかったといってくれた。誰も寄せ付けない、怒涛の波がごつごつした断崖の岩に押し寄せている、波頭が砕け散る。海からは上陸できない、遠巻きに眺めるだけである。
ここからは入り口方面に別の道で向かう、途中運がよければラフレシアに会える。蕾には30%、開花した状態には30%の確立で会えた。7〜8月に会える確率が高いようだ。大きさは最大で50cmほど、それほど大きくない。ここの種類はこんなものらしい。地元の人は感じるというが、臭い匂いは私や他の日本人には感じられなかった。匂いで探すので、咲いていればどこにあるかすぐわかるという。
咲いているのは三日程度、満開になると同時に腐食が始まる。最後は真っ黒になってしまう。その前に、小動物に食べられてしまう。すばらしい形のラフレシアに会えた人は本当に運がいい。
途中、沢歩きがあり、コケの石を歩くので、足元がふらつかないように注意が必要。分離地帯を通り、東の入り口に向かう。鍾乳洞を通り抜けたり、その水で洗った体の部分が改善されるという泉に寄ることもできる。女性は顔を丁寧に洗っているが効果はほとんどないように見える、それとも効果があって今の・・になっているのか。ジャングルから出てしまう前に、元気が残っていればちょっと一泳ぎすることもできる。大体、普通は4時間のコースである。
私は午前中ヌサカンバンガンで昼食後ジャングルにはいるが、明るいうちに戻ってくることができる。ちょっと慣れない人にはハードかなと思う。
いずれにしても天候しだいである。
買い物 みやげ物は、パサールパリウィサタで売っている。品揃えも、価格も統一。何処の店が安いということはないし、値引きもほとんどないが、色々な店で少しずつ買うより、ちょっとまとめ買いして交渉をすべし。一般的に海岸端で売っているものは全部そろっている。特にお勧めはない、個人の好みである。私はもう今は何も買わない。津波で流された西海岸の店は再建禁止区域になってしまった。西海岸の全てである。道を隔てた私有地は今までどおり営業は認めるが公有地は全て禁止。広々として見通しはいいが、寂しくなってしまった。
写真関係はデジカメなし、日用品、くすり、スポーツ用品などは、入り口の門の手前向かって右側にパサールがある。もし、ジャカルタで買って準備するなら、やめて、ここで買ったほうが、かなり安い。食べものをはじめ、なんでもジャカルタ付近の平均半値以下である。