実用インドネシア語講座 Y
51 Karena〜(カルナ〜)”なぜならば””〜だから””〜のなので”原因、理由を表す言葉です。Karena apa?(カルナ アパ?)と言えば、”何が何なの?””なぜ?”です。”何か言ったり聞いた後、”それだから〜”と言う時Karena itu〜(カルナ イトゥ〜)と言います。演説や記者会見で政治家などはこれをOleh kerana itu.(オレー カルナ イトゥ)という言いかたをする。大変丁寧で”そういうことですから””それが故に”という表現になる。一般の人はほとんど使わないし、使うと、丁寧すぎると、笑われるので、私などはわざわざ笑いを取る時は強調して使う。Karenanya〜〜という人もいる。
52 menonton(ムノントン)”観る” melihat(ムリハッ)”見る”どちらもみる、ですが、(ムノントン)は見物する、鑑賞するといった、テレビや映画や劇やワヤンを見るときに使う。(ムリハッ)は文字通り、見る、の意味です。kelihatannya〜(クリハタニヤ〜)”見かけによると〜に見える””見るところによると〜である”
kelihatannya sakit karena mukanya terlalu merah(クリハタニヤ サキッ カルナ ムカニヤ トゥルラル メラー)”顔が赤すぎるから病気に見える”という具合に使う。
terlalu〜(トゥルラル〜)は、”〜過ぎる”これも便利に使います。
53 katanya〜(カタニヤ〜)”語ったところによると〜””噂によると〜”dengarnya〜(ドゥンガルニヤ〜)”聞くところによると〜。自分が言うんじゃない事を強調する為に使います。告げ口や噂話の時に使う。
merasanya〜(ムラサニヤ〜)”感じるところによると”sebenarnya〜(スブナルニヤ)tampaknya 〜(タンパクニヤ〜)sesungguhnya〜(ススングーニヤ〜)”正しいことには””本当のところは”などなど、se〜nya〜(ス〜ニャ〜)の使い方がなんとなく分かるのではないでしょうか。
sehalusnya〜(スハルスニヤ〜)”必ずやらなければならない事には〜”日本語では長ったらしくなる言葉を一言で済ます事ができる。
sepertinya〜(スプルティニヤ〜)”思うに〜のようだ””もしかして〜だろう”
54 インドネシアらしい景色はどんなものだと思いますか、インドネシア人達は椰子の木の林(プランテーション)海岸の椰子の木、また、段々畑や棚田です。多くの日本人もそう思う事でしょう。バリ島辺りは特にその感が強い。私もそう思います。それらを、見ながら、インドネシア人が一緒なら、Pemandangan ini seperti Indonesia.(プマダンガン イニ スプルティ インドネシア)”この景色インドネシアにそっくりだ”と、感激しながら叫びます。それを聞いたインドネシア人はMemang karena Indonesia(メマン カルナ インドネシア)”当たり前だよ、インドネシアだから”とまじめに言う。
このくらいの冗談は普通に言えるようになりたい。
Pemandanganya indahnya! プマンダンガンニヤ インダーニヤ景色が素晴らしい!
ティーショットで、隣のコースへ打ち込んでしまった時、二打目を打つとき、一言、pemandanganya bedaya景色が違うと。
55 ”ちょっと待って”はtunggu sebentar(トゥングー スブンタール)です。tunggu(トゥングー)は”待つ” bentar(ブンタール)は”ちょっとの間””一瞬””しばらく”です。sebentarだけでもsebentar lagi(スブンタール ラギ)でも同じ、”ちょっと待って”です。これが、インドネシアでは曲者、蕎麦屋の出前ではないが、(スブンタール)の時間がどのくらいかはっきりしない。私は、”何分位?”berapa menit? 何分?と、聞く事にしている。日本人も同じか。tungse(トゥンス)と若者は略して言います。
sebentar-sebentar〜(スブンタールスブンタール)は”しばしば〜””よく〜”です。
56 kadang-kadang(カダンカダン)”時々”のように単語を二つ並べる単語が大変多い。なんでも並べれば、強調や複数の意味になるような気がする。kapan-kapan(カパンカパン)”いつ、いつ”で”いつか”になる。カラオケおねえちゃんから、Kapan datang lagi?(カパン ダタン ラギ?)”またいつ来るの?”と聞かれたら、kapan-kapan”また、いつかね”と答えておけばいい。
kupu-kupu(くぷくぷ)”蝶” kura-kura(クラクラ)”亀” oleh-oleh(オレーオレー)”みやげ物”これらは覚えるしかない。
ついでだから、kupu-kupu malam(クプクプ マラーム)はそうです。”夜の蝶”です。意味は日本語と全く同じです。ジャラン カリマラン カリマラン川の土手道のカフェにいます。
またついでですから、bahu jalan(バフ ジャラン)、(バフ)は”肩”ですから、”路肩”という意味で、日本語と全く同じ意味です。
57 kata(カタ)この意味は肩ではありません。”語る”です。覚えやすいでしょ。katanya(カタニヤ)で、もう出てきましたね、”語るには”から”噂では””誰かが言うには”でしたね。
”〜詞”も(カタ)です。これは辞書を見てください。私はプラスチック押出成形の技術指導をしに行ったのですが、自分のインドネシア語力を上げるために、インドネシア人従業員に日本語の指導もした。必要にせまられ、名詞、動詞、形容詞などのインドネシア語は結構早く覚えてしまった。
kata siapa?(カタ シアパ?)”誰が言ったの?”
58 cerita(チュリタ)”物語””小説””話”ですが、kataとは違います。kisah(キサー)も”物語”で、(チュリタ)と同じ意味です。テレビの番組で〜物語という時は、なぜか知りませんが(キサー)を使います。kisah asmara(キサー アスマラ)”恋物語”のようにです。cerita
bersambung(チュリタ ブルサンブン)は”連載小説”sambung(サンブン)が”つなぐ””連結”結合”です。テレビドラマが終わった時、出てくる“続き“です。
59 hampir〜(ハンピル〜)”ほとんど〜です””接触するくらい〜””すごく近く〜”の意味ですが、使い方はhampir sama.(ハンピル サマ)”ほとんど同じ”
hampir mati api lilin.(ハンピル マティ アピ リリン)”蝋燭の火がほとんど消えている”
この意味から、名詞になるとhampiran(ハンピラン)”近所””隣人”になるから、これは意味をちょっと想像できませんね。
hampir-hampir(ハンピルハンピル)は強調語です。
60 いきなりhampa(ハンパ)と言われたら、何が中途”半端”だろう、などと思っていられない。”空の””中身が無い”から”頭の中が空っぽ””馬鹿な””役立たずの” bodoh(ボドー) bego(ベゴ)と、同じです。 文法規則どおり、kehampaanはは名詞で、”空っぽ””真空””無”です。