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伊豆半島一日

8月26日  (^_-)-自己満足の極み 3144 高校二年の夏休みの逆コースで再現だった。伊豆半島、中伊豆化や南伊豆、西伊豆を巡った。違いは、以前は西海岸からだった。そして、テントを担いで、四日かけた。そして、クラスメート四人組だった。今回は、車で一日、同行は孫二人の三人組だった。6時出発。家に戻ったのは19時半だった。

 伊豆中央道を南下し、先ず、浄蓮の滝により、きつい坂を下り上り、滝と山葵田をみる。次は、天城トンネル、それも、川端康成の説明をしながら、でこぼこ道の旧道を通過した。次は、河津七滝はパスして、オープンして間もないと思うIZOOという、爬虫類動物園に孫達の要望で寄った。トケッやビアワックもいた。続いて、下田の街をぐるっと回り、下田公園辺りをも廻った。

南伊豆に向かった。下賀茂の熱帯植物に寄る。ここも、高校時代に寄った場所だ。インドネシアにあるものばかりで、特にどうということはないが、それらを持ち込むことはできない。ドラゴンフルーツの栽培を家でやってみようかと思い、葉っぱ?シャボテンのようなものを、二本買った。また、食虫植物のウツボカヅラなど、孫たちにとっては、興味深いものの説明もしてやった。ハイビスカスも手に入れた。

続いて、石廊崎、遊覧船は、波が高いということで欠航、残念。駐車場から、30分以上、上り、伊豆半島の先端で記念写真。多くの人が、ぞろぞろ、来ていた。ここの灯台、上ることができなかった。静岡の南の端、御前崎の灯台と制覇したね、ということになった。伊豆大島や式根島など、いくつかの島の説明もできた。

 西伊豆に向かう、波勝碕をパス、松崎にはいる。道端にある長八美術館に寄った。中学生以下を無料、虫眼鏡を借りて、細部まで覗き込んだ。左官が使うコテで書いた画だ。すごいと感心。町内にあるなまこ壁の屋敷がある道をたどり、岩科学校や中瀬邸にも行ってみた。

 堂ヶ島、黄金崎、恋人岬などはパス、土肥の街に入ったのが、17時調度、最終フェイーは17;30、ぴったり、間に合った。夏特有のかすんだ富士山を眺めながら、清水港に入った。

 かなりの強行軍、それでも、孫たちは、夏休み最後の旅を満喫したと思う。おじいちゃん、ありがとう。と、何度も言われた。私としては、自分の思い出を孫と一緒にたどることができて、大満足。自己満足。

 パンガンダラン往復のことを思えば、11時間半の内、多分、6時間くらいの運転は、問題なし、それぞれのスポットでの上り下りも、孫達には負けない。

 旧天城トンネル、私たち以外、誰もいなかった。三人でそれぞれ,大声をだして、こだます声を楽しんだ。手前に川端康成の碑がある。

 熱帯植物園で、オジギソウを触ってみている。

伊豆 満足 熱帯植物

 8月27日  反復旅  今回の旅は、三つの意味があった。一つは、孫たちと一緒に、一日を楽しむこと、彼女たちに、初体験をたくさん与えることでした。

 次は、高校時代の四人旅のルートを辿ることによって、当時の気持ちを振り返ることでした。なぜ、四人が一緒に伊豆半島旅をしようと意気投合したのか覚えていないが、何となく、雑談の中で、やってみようかということになったようだ。クラス担当の先生が、何の話をしてるんだ、と、寄ってきて、四人ならいいが、三人の旅なら旅は止めたほうがいい、と言ってきたことが覚えている。必ず、途中で、二対一出、意見が分かれるからだという。

ちょっと理解できなかったが、今も、理解できないでいる。

気まま旅をテントを担いでのバスの旅でした。四人で、とにかく、誰もが、積極的で、意見が分かれることなく、足を引っ張る人もなく、楽しい旅をした。ある場所で、テントを張って居た時、ここは、自分の私有地だから、と、追いさされたことくらいだったこと以外は、すべて順調だった。

その旅の地中、下賀茂の熱帯植物園を見学した。確か東大農学部の植物研究所だった。飛び込みで見学させてもらった。ラフレシアはなかったが、直径1m以上ある葉のオオオニバスを見た。その時のことは、はっきり覚えていて、ラフレシアを、いつかみたいと、ここでも、思った。

 家の庭に熱帯の植物を植えるための、何かの苗や木を手に入れることだった。買ったのは、カランコエKaranchoeとハイビスカス、Kembang sepatuどちらも、極端な寒さ以外は、育て方は簡単だと知っている。それと、ドラゴンフルーツBuah nagaのシャボテンのような棘だらけの葉?も仕入れた。どれも、これも、インドネシアでは至る所で見るものだ。ちょっと、インドネシア体験でした。

ジャワ島東端のバニュワンギでは、広大なブアーナガの畑を見た。出来たら、自分でもやってみようかと思っていた。

目的 思い出 植物