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FLores Labuan Bajo
Flores Kelimutu
Komodo

2019年10月14日 また、ミニ同級会 3923 10時前に空港で待ち合わせて、12時前にラブハンバジョへ出発、現地時間 15時頃到着、ホテルに入っただけだった。クリムトゥ迄行きには、一日足りないと言われて18日のフライトに変更したり、ミニバスの手配などで1時間掛かり、ラブハンバジョに泊まらず、出来るだけ近いところまで行っておこうと、ルテン迄来ている。到着は20時半、家を出てから15時間半になる。眠いが、メールの返事など、決まってすることはしなければならない。

途中は山の中のくねくね道、沿道で密造酒が売られていた。

http://otaenplaext.net/concept112.html

 ラブハンバジョの空港名はコモド、前回来た時の空港の建物は新しく建て替えられていた変えられていた、規模は、全く小さいが、バリのターミナルなどを手掛けたデザイナーと同じだと思う。ただし、本当に、こじんまりとした小さい空港だ。

  東に向かった、目的はクリクトゥの三つの色をしたか火口湖を見に行くためだ。前回私が行ったコースを、辿ることになりそうだ。道の補装は改善されていたが、当たり前だがルートは変っていない、上り下りは急だし、カーブも右往左往、Uターンカーブも多い、また、崖崩れの跡も、次々と出てくる、18時過ぎには、真っ暗な世界に入る。中央ラインの反射板を頼りに進む。また、こんな真っ暗のなかのこんな田舎の道なのに、ところどころにバイクが止められ人が立っている、何人かが立ち話?をしていて、それが、突然、目に入る。直前でよける、ロンソール(崖崩れ)の跡の盛り上がりもよける。そんな調子で、私は前回、車に酔ってしまったが、今回は、それでも、大丈夫だった。ところが、大丈夫でない人が二人いた。こんなところを行かなければならないことは全く予想していなかったので、とんでもないところだと思ったに違いない。皆さんの生活環境と状態の全く別世界だから。

  ルテンのホテルは、敷地が広く、全体を、真っ暗で想像できないが、自然を利用した公園の中にある世に思う。明日の朝が楽しみだ。

 疲れてしまって、12時までは起きていることはできなかった。

難所 疲労 田舎

 10月15日 カンプンアダッ 3924 二日目だ。ホテルの名前はSpring Hill でした。早めの朝食をいただいて、7時に出発。目指すは、クルムトゥの麓の部落、モニ。10時間の予定だ。一回目は、マウメレから、二回目は今回と同じ、ラブハンバジョからでした。12時半過ぎに途中の目的地、kampung adat benaカンプン アダット(伝統的な部落)ベナbena に寄った。ここは、前回も寄っている。二回目だ。新しく建て替えたと思われる2棟以外は、当たり前だが、ほとんど変わっていない。

 この中に、カンプンアダットがある、真ん中ですが分かりますか、今は、当然、車もすぐ近くの駐車場まで入ることができる道が整備されているが、何百年前のころでしょうか、こんなところに人が来て、部落を作り始めたときは、ジャングル中をどう分け入ったのか、考えさせられる。

 エンデに着いたのが、18時前、まだ、少し明るかったが、エンデの先、急な登りになる。真っ暗、街灯は全くなし、本当に真っ暗のなか、満月だけが時々、向こうの山、左右の山の上から顔を出す。

モニに20時についたが、プンギナパンにWifiはない。町全体に無いという。と言うことで、今日と明日中は、ネットとは縁のない世界に入ってしまう。皆さん、戦後間もない子供の頃、数年間ほど、経験済みの世界だと思うが、流石に、ぐったりしている。昔ながらのカマールマンディーには、後々、彼らの語り草になりそうだ。

photo Bena 
ジャングル 昔部落 長時間

 10月16日 クルムトゥ 3925 妻の誕生日でした。この頃は、モンブランの誕生日ケーキを通販で送っている。何日間、同じ年だ。

 4時プンギナパンから出発し、クリムトゥへ、道が広く新しく舗装されていて、凸凹無しの快適に駐車場に到着、3回目、もう、すべてわかっている。真っ暗の中、ライトをつけて、皆さんを案内した。階段ができていて、私としては、高さがまちまちだし、間隔も一定していないので、歩幅を合わせるのに、いちいち意識をしなければならない、歩きにくかったが、他の人はどうだっただろうか。片側の階段がない部分を歩いた。真っ暗の中、30分ほど登ると、5時過ぎ、辺りが明るくなってきた。以前経験した、毒ガスの匂いもなく、最後の急な階段を上って頂上に到着、サンライズを10分ほど待った。
Photo Kelimutu


 見事なサンライズ。と三つの火口湖、手前のメインの色は、以前と同じ青、向こうは以前、コーヒー色をしていたが、ちょっと濃い青色になっていた。右ももう一つは、黒っぽく見えた。ここは、日当たりがまだないので、そう見えたのかもしれない。

 7時ごろ、モニまで降りて、そのままエンデに向かう、ここから、ラブアンバジョまで、12時間以上、掛かると思うと憂鬱になる。

 東に向かう途中の海岸沿い、崖崩れで、とことどころ、片側交互通行。この辺り、道を作るために、露出された地層、かなり、歴史の研究材料になるのだは無いかと思う。

 バジャワに16時過ぎに到着、昨日泊まったルテン通過は18時前、サンセット、寄れたらと思っていた、リンコ・スパイダー・ウェブ・ライス・フィールズLingko Spider Web Rice Fieldsには、暗くなってしまい時間が無くて、寄れなかった。

 またひたすら、走り、ラブアンバジョのホテルにはいったのが、21時半だった。モニのプンギナパンをでて、17時間半の旅だった。

http://otaenplaext.net/concept131.html

ひたすら クルムトゥ 12時間

 10月17日 (^_-)-コモド島周辺巡り 3926 6時頃ホテルに向いにきた車に乗って、何とかというホテルの港から、スピードボートで出発、コモド島メインのツアーだ。1時間ほど掛かって、パダールPulau Padarという島に到着、初めてだった。殆ど頂上、しかし、頂上ではないところまでやっと上って、周りを見渡す。確かに絶景だ。ラジャアンパットと別物で、この辺りの島々は全て、緑色も木が無いようだ。一見、はげ山に見る。ここも、樹木は無い、周りの島々にも木々は見えない。何故でしょうかね。

http://otaenplaext.net/concept124.html

登った高さは何Mくらいでしょうか、300Mくらいはあっただろうか、例によって、インドネシアの山登りは、ほとんど直登、足をつりながら、何回か休憩をしながら登った。上り下りの途中、何人からか、どこから来たのか、年はいくつか、と聞かれた。連れは、半分ほどの踊り場のようなところまでで、止めてしまった。

コモド島周辺の島では、ここが一番の絶景なのでしょう。旅の案内に一番最初出てくると思う。

Photo Komodo

ついで、コモド島、ここは、3回目、上陸場所の桟橋が段々遠くなっているようだ。多分、海岸付近の海中の状態を改善するためだと思う。上陸すると、先ず、勝手な行動を慎むように言われる。ガイドに従うように言われる。物干竿を上げる先端が二又の竿を持っているからガイドと分かる。

1kmくらいのコースだが、300mほど行くと、何頭かのコモドが寝そべったり水浴び?をしている場にでる。ここで、撮影会が始まる。40人以上のグループだったが、ここの撮影会だけで30分以上かかった。それを私は、ぼーっと待っているだけ、ちょっと、他を見ようとその場から離れようとすると、ガイドの一人から、集団に戻れといわれる。コモドは、むかし、上陸すれば、ガイドがどうのではなく、あちこちにゴロゴロたむろしていた。そこで、十分、自由に個人的に撮影をしたし、土産物の店の周りにもいて、気にすることなく、買い物もした。

もしかしたら、乾季が続きすぎているので、山の上の方でじっとしているのかもしれない。雨季になれば、海岸の方にでてくるのでしょうか。

桟橋の下の海辺に一頭、じっと動かないでいたのと、トレッキングの途中に大トカゲが一頭と中が1頭、コモドの子供が2頭、5頭しか見なかった。

 この中に三頭います分かりますか。

 次がピンクビーチ、こもど島から20分ほどの赤サンゴが粉になって、白サンゴに交じっているのでピンクに見える。私に取っては、がっかりだった。というのも、ピンクの面積が非常に少なくなっている。持ち帰る人が多かったからだという。そりゃそいだ。一日、200人来て、20人が100gもっていってしまえば、365×20×0,1=730Kgだ10数年で10トン以上なくなってしまうことになる。私が1数年前に来た時には、浜辺が赤く見えた。

 その後、マンタのビーチ、などなどに寄って17時前には、出発場所に戻った。マンタはシュノーケリングで大型を三頭?見たが、その海の中にはサンゴが全くなかった。濁った中に、ゆっくり移動していた。ここの海、流れが急だった。

丸一日、充実していた。色々な気にからのツーチスト、中国、韓国、オランダ、フィンランド、その他、そして、日本人家族も参加していた。ジャカルタで経済研究所?のようなものに努めているという、子供さんが3人、2年、インドネシアにいて、始めても家族の旅だという。家族に旅なら、ブリトゥン島に是非と勧めてしまった。今回のハード旅、一応、一同、無事で、ほとんどの日程は終った。

 引き潮でできたサンゴの砂の中州

 何故か最後に寄った島。

夜のチョットした繁華街を散策、ダイビングの看板だらけ、その中に、土産物店、ラストランが軒を連ねている。欧米人が目立つ。

http://otaenplaext.net/concept112.html

コモド パダール ピンクビーチ

10月18日 (^_-)-無事戻った 3927 19時に会社によって、車を受け取り帰宅したのは19時半、移動時間は、12時間くらい、今日は大したことなかった。

ゆっくり起き、と言っても、6時半だ。皆さん、眠っていられないらしい、年寄りは早起きだ。10時24分のフライト、8時にはタクシーで空港に向う、途中、土産物屋に30分ほどより、空港到着は、9時、余裕をもって到着、ところが、乗る便の到着が1時間以上遅れた。全く、もう!!インドネシア!!ウイングエアー!ボンバルビアのターボプロップ機だ。何年か目に墜落したことがったが、評判はいい機体のようだが、どうしたのでしょうかね。ちょっと、不安になった。

 デンパサール経由、乗り継ぎ便には全く間に合わず、便を変えて、同じライオンエアーでジャカルタへ、12時半到着のつもりが、15時過ぎになってしまった。

 皆さんはジャカルタに一泊なので、別のタクシーで空港から出発、ここで、さよならでした。皆さん、強行軍のなか、協力的でした。まだまだ、体力に自信がありそうな人たちでした。また、日本どこかで会えることを期待しつつの別れでした。

 ラブアンバジョのホテルの三階にキャンティンからの景色、下に小学校、丘の向こうに、下り一方通行の急坂が見える。

 ジャカルタから東に向かう高速道路、ブカシバラットの手前辺りに、今、建設中の両距離車用高速道路の登り口と降り口がある。カラワンバラットの向こうまで、乗り降りできない。

 何年か前の記録です。

コモド

https://4travel.jp/travelogue/10174039 

http://otaenplaext.net/newpage167.html

http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage125.html

 クリムトゥ

http://otaenplaext.net/newpage334.html

http://otaenplaext.net/concept112.html

http://otaenplaext.net/newpage166.html フォト

http://otaenplaext.net/concept131.html